白夜行:日文版-第73部分

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「電話は？」
「そこ」剑�里はベッドの横を指した。
　天板がほぼ正方形をした小さな棚があり、その上に白い電話機が載っていた。最近流行のコ�‘ドレスではない。この部屋では不必要だからだろう。
　今枝はバッグから�く四角い装置を取り出した。上部にアンテナがついていて、表面には小さなメ�‘タ�‘とスイッチ類が並んでいる。
「何それ？　トランシ�‘バ�‘？」剑�里が訊いた。
「いや、ちょっとしたおもちゃだよ」
　今枝はパワ�‘スイッチを入れた。さらに周波数眨�整のつまみを回す。やがて百メガヘルツ周辺でメ�‘タ�‘に変化が表れた。感知を示すランプ�‘も点灯した。その状態で電話に近づけたり、逆に電話から遠ざけたりする。メ�‘タ�‘は如実に反応した。
　彼は装置のスイッチを切った。電話機を持ち上げて裏を見た後、バッグから今度はドライバ�‘セットを取り出した。プラスドライバ�‘を手にし、電話機のカバ�‘を留めているプラスネジを外していく。思った通り、ネジを緩めるのに大きな力はいらなかった。一度誰かが外したせいだ。
「何やってるの？　電話機を壊しちゃうの？」
「いや、修理だよ」
「えっ？」
　ネジをすべて取ると、慎重に裏カバ�‘を外した。電子部品の並んだ基盤が見える。彼はすぐに、テ�‘プで取り付けられた小さな箱に目をつけた。指でつまみ、取り除いた。
「何それ？　取っちゃってもいいの」
　剑�里の伲鼏枻摔洗黏à骸⒔裰Δ舷浃摔膜い皮い肷w《ふた》をドライバ�‘でこじあけた。水銀ボタン電池が入っていた。それもまたドライバ�‘の先でほじくり出した。
「よし、これでオ�‘ケ�‘だ」
「何なのよ、それ。教えてよお」剑�里が喚いた。
「別にどうってことない。盗聴器だ」電話のカバ�‘を元に戻しながら今枝はいった。
「え�‘っ」剑�里は目を剥いて、取り外された箱を手に取った。「どうってことあるよ。どうしてあたしの部屋に盗聴器なんかが仕掛けられてるわけえ？」
「それはこっちが訊きたいね。どこかの男につきまとわれてるんじゃないのか」
「だからそんな奴いないって」
　今枝は再び盗聴器探知機のスイッチを入れ、周波数を変えながら室内を歩き回った。今度はメ�‘タ�‘は全く反応しなかった。
「二重三重に仕掛けるほど凝ったことはしていないようだな」スイッチを切り、探知機をドライバ�‘セットと共にバッグにしまった。
「どうして盗聴器が仕掛けられてるってわかったの？」
「それより何か飲ませてくれよ。動き回ったんで暑くなった」
「あ、はいはい」
　剑�里は腰の高さほどしかない小さな冷蔵庫から缶ビ�‘ルを二つ出してきた。一つをテ�‘ブルに置き、一つは自分がプルトップを引いた。
　今枝は胡座《あぐら》をかき、ビ�‘ルをまず一口飲んだ。ほっとすると同時に全身から汗が出た。
「一言でいうと経験からくる直感だよ」缶ビ�‘ルを片手に彼はいった。「誰かが入った形跡がある、電話機が動かされている、となれば何者かが電話に細工したと考えるのが妥当じゃないか」
「あっ、そうか。意外と簡単」
「――といわれると、そうでもないんだがといいたくなるが、まっいいだろう」さらに一口ビ�‘ルを飲み、口元を手の甲でぬぐった。「本当に心当たりはないんだな」
「ない。本当。絶対」ベッドに腰かけて、剑�里は大きく頷いた。
「ということは、狙いはやっぱり俺……かな」
「狙いが今枝さん？　どういうこと？」
「無言電話が留守電にたくさん入っていたといってただろ。それで剑�里は気味悪がって俺のところに電話してきた。だけどそれはもしかしたら犯人の計略だったかもしれない。つまり犯人は、剑�里に電話をさせるのが目的だった。そんなものが留守電に入っていたら、とりあえず心当たりにかけてみるというのが人情だからな」
「あたしに電話させてどうするの？」
「君の交際範囲を把握する。親友は誰か、いざという時に頼るのは誰か」
「そんなものを知ったって、一円の得にもならないと思うけどな。第一、知りたいなら教えてやるよ。盗聴器なんか仕掛ける必要ない」
「剑�里には気づかれずに知りたいということだろう。さて以上のことを整理するとこういうことになる。犯人はある人物の名前と正体を知りたい。手がかりは剑�里だ。たぶん犯人は、ある人物が剑�里と親しいということだけを知っていた」今枝はビ�‘ルを飲み干し、空き缶を掌の中でつぶした。「そういった状況に何か心当たりは？」
　剑�里は俯き、缶ビ�‘ルを持っていない右手親指の爪を噛んだ。
「この間の、南青山のブティック？」
「御明察」今枝は頷いた。「あの時剑�里は連絡先を店に書き残してきた。だけど俺は何も残していない。俺の正体を知るには君から蓿�るしかない」
「あの店の人が今枝さんのことを眨�べようとしたっていうの？　どうして？」
「まあそれはいろいろとあるんだよ」今枝はにやりと笑った。「大人の話だ」
　彼の頭の中では篠塚の時計の一件が引っかかっていた。唐沢雪罚Г厦鳏椁�にあの時計が篠塚のものであることを見抜いていた。大事な時計を借りてまで店にやってきたこの男は何者だろうと考えたとしても不思議ではない。そこで今枝と同業の人間を雇い、菅原剑�里のセンから眨�べることにした――大いにありうることだった。
　今枝は先程の電話で剑�里と交わした会話を振り返ってみた。彼女は彼のことを今枝さんと呼んでいた。盗聴器を仕掛けた人物は、時間の問睿�でこのアパ�‘トのそばに今枝直巳という男の経営する探偵事務所があることを突き止めるだろう。
「でもあたし、そんなに正確な住所は書かなかったよ。お金持ちのお嬢さんっていう設定なのに住所がコ�‘ポ山本じゃまずいと思ってさ。電話番号も少し変えておいた」
「本当かい」
「本当だよ。あたしだって探偵の助手をするぐらいなんだから、少しは考えてるって」
　今枝は唐沢雪罚Г违芝匹％氓�に行った時のことを回想した。どこかに落とし穴はなかっただろうか。
「あの日、財布は持ってたか」今枝は訊いた。
「持ってたよ」
「当然、バッグの中に入れてたんだろうな」
「うん」
「あの時、やたら取っ換え引っ換え服を着ていたようだけど、その間バッグはどこに置いていたんだ」
「ええと……フィッティングル�‘ムだったと思うけど」
「置きっぱなしだったわけだ」
　うん、と剑�里は頷いた。表情が心細そうなものに変わっていた。
「その財布、ちょっと見せてくれ」今枝は左手を出した。
「え�‘、お金は大して入ってないよお」
「金なんかどうでもいい。金以外のものを見るんだ」
　剑�里はベッドの角に引っかけてあったショルダ�‘タイプのバッグを開け、中から�い財布を取り出した。長細い形をしている。グッチのマ�‘クが入っていた。
「ずいぶん高級な品物を持ってるじゃないか」
「貰ったの。店長から」
「あのちょび髭《ひげ》の店長か」
「そう」
「ふうん。それはそれは」今枝は財布を開き、カ�‘ドを入れるためのポケットを眨�べていった。デパ�‘トや美容院のカ�‘ドと一緒に免許証も突っ込んであった。それを引き抜き内容を確かめた。住所はこのアパ�‘トのものになっている。
「えっ、それを勝手に見られたっての？」剑�里が驚いていった。
「かもしれない、ということだ。確率は六十パ�‘セント以上だな」
「ひど�‘い、そんなことするかなあふつう。だったら何、最初からあたしたちは疑われてたってこと？」
「そういうことだ」腕時計を見た時から唐沢雪罚Г弦嗓盲皮い郡韦馈Ｘ敳激沃猩恧蛘｛べる程度のこともあの女なら平然とやってのけるかもしれない。猫のような目を脳裏に浮かべながら今枝はそう思った。
「でもそれなら店を出る前に、どうしてあたしに住所と名前を書かせたのかな。案内状を送るからとかいっちゃってさ」
「それはたぶん確認のためだろう」
「何の？」
「剑�里が本当の住所氏名を書くかどうかだよ。で、結局本当の住所は書かなかったわけだな」
　剑�里は申し訳なさそうに頷いた。「番地をちょっと摺�えて書いちゃった」
「それによって彼女は確信したわけだ。こいつらは服を買いに来たんじゃないってな」
「ごめん。下手な小細工しないほうがよかったんだね」
「まあいいさ。どうせ疑われてたんだ」今枝は立ち上がり、バッグを持った。「戸締まりに気をつけろよ。思い知っただろうけど、プロの手にかかればこんなアパ�‘トの鍵なんてついてないも同然なんだ。部屋にいる時は必ずチェ�‘ンをかけること」
「うん、わかった」
「じゃあな」今枝はスニ�‘カ�‘に足を突っ込んだ。
「今枝さん、大丈夫かな。誰かが襲ってきたりしない？」
　剑�里の言葉に今枝は吹き出した。
「それじゃあまるで００７の世界だな。心配しなくていい。せいぜい人相の悪い殺し屋が訪ねてくる程度だ」
「え�‘っ」剑�里は顔を曇らせた。
「それじゃあおやすみ。戸締まり、きちんとしろよ」今枝は部屋を出てドアを椋Г幛俊￥筏�しすぐには歩きださなかった。鍵のしまる音とドアチェ�‘ンがかけられる音を確認してからその場を離れた。
　さて、どんなやつがやってくるか――。
　今枝は空を見上げた。小雨は降り続いていた。

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３
［＃ここで字下げ終わり］

　翌日、小雨は本降りの雨に変わった。そのせいで気温も幾分下がり、猛暑続きの八月の中にあって、わりと過ごしやすい朝となった。
　今枝は午前九時過ぎに寝床から這《は》い出すと、Ｔシャツにジ�‘ンズという出で立ちで部屋を出た。骨が一本曲がっている傘をさし、マンションの向かい側にある『ボレロ』という名の喫茶店に入った。木製ドアの上には小さな鐘がついていて、開椋Г工毪趣�らんからんと音がした。ここでスポ�‘ツ新聞を読みながらモ�‘ニングセットを食べるのが毎日の習慣になっている。
『ボレロ』はテ�‘ブル席が四つとカウンタ�‘があるだけの小さな店だ。テ�‘ブルは二つが塞がり、カウンタ�‘には客が一人座っていた。頭の禿《は》げたマスタ�‘が、カウンタ�‘の中から今枝に向かって会釈した。
　今枝はちょっと迷ったが、結局一番奥のテ�‘ブル席についた。この時間帯、これから客が押し寄せてくるとは思えなかった。どうしてもテ�‘ブル席が足りなくなれば、その時カウンタ�‘に移ればいい。
　今枝は特にオ�‘ダ�‘をしない。黙っていれば数分後には、太いソ�‘セ�‘ジを挟んだホットドッグとコ�‘ヒ�‘をマスタ�‘が撙螭扦�てくれるはずだった。ホットドッグには炒めたキャベツも挟んであるだろう。
　すぐそばのマガジンラックには、新聞が何紙か畳んで入れてある。カウンタ�‘客がスポ�‘ツ新聞を読んでいるから、残っているのは一般紙と経済紙だけだ。今枝は諦めて朝日新聞を抜き取った。読売新聞もあったが、それは彼が購読している。
　椅子に座り直し、新聞を開こうとした時、からんからんと音がした。反射的にドアのほうを見る。男性客が一人入ってきたところだった。
　男の年齢は六十歳近くに見えた。五分刈りにした頭には白髪が混じっている。体格はいい。白い開襟シャツを着た胸は厚く、半袖から出た腕も太かった。背は百七十センチ以上あるだろう。おまけに昔の侍のように姿勢がよかった。
　しかし最も今枝の気をひいたのはそうした外見ではなく、男が店に足を踏み入れるなり、まず今枝のほうに鋭い視線を向けてきたことだった。まるでそこに彼がいることを、店に入る前から知っていたようだった。
　だがじつはそれも一瞬のことだ。男は